泰平260年の最強診断
私たちは日々、CRMに関する多くの情報に囲まれています。新しいツール、最新の技術、成功事例等々・・・。しかし、それらを取り入れても、思うように成果に結びつかない場面が少なくありません。その原因は、努力不足でも、知識不足でもないことがほとんどです。多くの場合、それらを使うタイミングと、活用の順序が噛み合っていないのです。
本章で行うのは、目先の答えを探し出す診断ではありません。いまのCRMを、計画通り展開していくための実践的な診断です。現状を見える形にし、迷いが生まれやすいポイントを洗い出し、最後に「続けるべきか」「組み替えるべきか」を「組み替えるならどうするのか」が判断できるところまで進みます。
徳川幕府の歩みを振り返ると、彼らは短期的な判断だけで政策を決めていなかったことが分かります。まず全体を整え、次に運営の基準を作り、その基準が正しく機能しているかを見極め、最後に、ルールとして整える。この順番こそが、260年間の天下泰平を築いた「治世のテンプレート」だったと言えます。
本章では、この判断の型をCRMに置き換えて、順を追って診断を進めていきます。ここで扱うのは、D2C企業の多くが行っているRFM分析ではありません。CRMを推進する世界水準の考え方であり、多くの国内D2C企業がリアルビジネスで利用している方法です。その基本エッセンスを用いて、あなた自身がすでに持っている数字と現場感覚を使い、自分でセカンドオピニオンを行う診断プロセスです。
それでは、家康の視点から事業全体の構造を確認するところから、始めていきましょう。
Chapter 3-1
第1節 家康による
「事業構造のセカンドオピニオン」
CRM施策を積極的に展開すれば売上は増える。でも、しばらく経つとその恩恵が感じられなくなる。あるいは、新客は計画以上に獲得できているのに、既存客の売上が伸びない。このような噛み合わせの悪さは、施策の巧拙ではなく、力の入れどころと事業構造との間にズレがあるときに起こります。
本節では、CRMプランニングの前提となる「事業構造」を診断します。
新客と既存客の構成、収益の重心、投資配分。これらはすべて、これまでのCRM施策を積み重ねてきた結果として形成された実像です。新たな施策を考える前に、まずはその実像が、意図した構造になっているかを確認するのが本節の目的です。
関ヶ原の戦いを経て、加藤清正、毛利輝元、伊達政宗といった石田三成側の有力武将たちが、次々と徳川の軍門に下りました。家康は彼らの武力を強引に削ぐのではなく、「生かして組み込む」道を選びます。具体的には、各武将の所領や役割を再配置し、仮に一角で反乱の火の手が上がっても、連鎖的に体制が崩壊しない「多重の抑止構造」を構築することに心血を注いだのです。この発想は、
・誰が中核を担い、誰が周辺を支えるのか
・どこで力を使い、どこで抑えるのか
それぞれの役割と距離を定めることで、戦のない時代を維持する布陣を整えていったわけです。
D2C事業にも、この考え方を当てはめることができます。新客獲得に力が偏りすぎて、既存客対策をおろそかにすれば、どれだけ投資を続けても、事業は安定しません。反対に、新客獲得に多額の投資をしたとしても、どんなプロセスを経て、いつまでに回収するのかが分かっていれば、D2C事業は安定して拡大していきます。
そこで本節では、顧客の構造、収益の重心、投資の配分が、どのような状態になっているのかを、家康の「布陣」の視点で診断していきます。ここからは、あなたの事業構造を可視化する作業に入ります。
(1)事業構造を可視化する
では、D2C事業の全体構造を可視化しましょう。表Aのテンプレート(事業構造チェックシート)に沿って、あなたのCRMの実績値を記入してください。新客と既存客という、D2Cの基本となる構成要素で、重心と構造が浮かび上がります。
尚、本書で集計対象とする顧客は、「1円以上の受注実績がある登録客」だけとします。つまり、無料サンプルの請求実績だけしかない登録客、メールを受け取るだけで購入実績がない登録客等は、集計対象から除外してください。お金を払って、あなたの商品やサービスを利用する意思がある登録客だけを「顧客」と定義しますので、あらかじめ確認をお願いします。
(2)構造のズレを確認する
それでは、以下のチェックポイントに沿って、事業構造を診断してください。
① この表が完成できましたか?
もし完成しない場合は、事業構造を正しく把握できていない、実績管理の方法に改善余地があるサインです。まずは集計の型を整えてください。
② 収益構造に問題はありませんか?
まずは既存客と新客、次に新客の初回と継続、それぞれの収益額・収益率を確認してください。
- 新客(前線)に費用が偏り過ぎて、既存客(後方)で回収できていないなら、事業の重心が狂っています。
- 新客の初回(獲得:先陣)への投資を、継続(F2転換以降:二陣・三陣)で、ある程度補えていないなら、そこにも課題があります。
③ 売上の構成比・販売促進費の構成比は妥当ですか?
売上の構成比と、販売促進費の構成比が、事業計画と符合しているかを確認してください。例えば、収益力の強化を図る計画であるならば、既存客の売上や販促費の比率が、相対的に大きくなければなりません。
本節では、CRMを推進する前提として、事業全体の構造を家康の視点で診断しました。ここで整理しておきたいポイントは、次の3つです。
1.事業の構造と重心が確認できたか?
新客と既存客の実績を同じ基準で把握した上で、売上や収益の重心がどこにあり、それぞれの役割に応じた評価ができているかを診断します。
2.新客の獲得と継続が分断していないか
新客獲得とその後の継続利用が、独立して評価されていないかを確認します。獲得の成否、継続の成否を一連の流れとして評価できているかが問われます。
3.短期の結果だけで判断していないか
施策単体の成果ではなく、時間の経過も考慮して、顧客との関係が維持される構造になっているかを確認します。
徳川家康が重視したのは、判断の前提となる布陣でした。本節は、個々の施策の是非を決めるための診断ではありません。事業の構造を、従来とは異なる視点で捉え直し、次の判断に進む前提が整っているかを確認するための診断です。
Chapter 3-2
第2節 秀忠による
「既存顧客のセカンドオピニオン」
本節では、既存客の「CRM構造」を診断します。
既存客をどの基準で分類し、どこに原資を投下しているのか。それらが、収益構造と整合した形になっているかを確認する節です。既存客の継続利用は、施策を積み重ねれば自然と伸びるものではありません。購買力や継続力が大きく異なる既存客は、セグメント(分類)の基準が曖昧なままでは、投資が分散し短期的な判断に留まってしまいます。
二代将軍・徳川秀忠が担った役割は、新しい構想を打ち出すことではありませんでした。家康が築いた統治構想を、誰が見てもブレない「制度」として定着させること。武家諸法度をはじめとする一連の法度は、統治における判断基準を揃え、個人差や状況によって結果が揺れない状態を作るためのものです。誰がどの立場にあり、どこまでが許され、どこからは許されないのか。基準を明文化し、運用を厳格化することで、個別の事情に振り回されない統治が可能になります。秀忠が目指したのは、力技による支配の強化ではなく、判断に迷いが生じない構造の定着だったと言えるでしょう。
既存客CRMでも、これの考え方は有効です。既存客をどう識別して、それぞれにどれだけの投資をして回収するのか。この基準が揃っていなければ、成果は一時的に出たとしても、安定した継続利用は期待できません。そこで本節では、既存客の構造、セグメントの識別精度、そして、その判断基準が収益構造と噛み合っているかを、秀忠の「制度化」の視点で診断していきます。
(1)既存客の収支構造を可視化する
まず、D2C事業の収益の源泉である既存客について、CRMの現状を可視化します。我々が人間ドックで内臓の機能を絶対値で測定していくように、客観的な事実を数値化していきます。
では、収支構造を診断するため、表B(既存客の収支構造チェックシート)を作成します。表Bの横軸は、あなたが運用している顧客セグメント(顧客ランク)の数にあわせて、横に列を増やして実績を集計してください。
念のため、実績の集計に際しての留意点を確認しておきます。
まず、縦軸の最上段に記入する顧客総数は、集計期の「期首の顧客数」を記入してください。期首の時点で、上位客や休眠客が何名いたのかが「CRMの出発点」です。これが決まれば、受注実績以下の実績集計は、顧客総数に記入した顧客の実績を集計していくだけです。
また、集計期間は、少なくとも直近2年間の実績集計を推奨します。
後述する(2)⑥の「顧客動向の推移診断」が、より明確になるためです。
直近5年分の実績を集計して、顧客グループ別の受注率推移をグラフ化した場合のイメージです。顧客の動向と時系列のトレンドが一目瞭然ですね。
(2)既存客の識別精度を診断する
次のポイントで、既存客の構造を診断してください。
① この表が完成できましたか?
ここで重要なのは、各セグメントの実績が正しく検証できる状態になっているか、そして、時系列の推移が確認できているかです。ここは重要なので、少し細かく説明します。
既存客の継続売上が伸び悩む原因の多くは、短期的な尺度でしかCRMを評価できていないことにあります。例えば、休眠客への投資を「掘り起こし施策単体」でしか評価していないと、
・掘り起こした後の継続状況が良好 → 掘り起こしを積極展開する
・掘り起こした後の継続利用が不良 → 掘り起こし方を見直す
これらが意思決定から抜け落ちてしまいます。期首の状態で実績を集計することによって、この欠落を補うことができます。
秀忠が法度で基準を統一したように、既存客も「一定期間は同じ基準でアプローチ」が原則です。表Bが作れないなら、それは既存客のCRMが、判断に使える形まで整理されていないサインです。
② セグメントの識別精度は正しいですか?
顧客の継続力や購買力を正しく識別した上で、効果的・効率的にアプローチすることがCRMの前提になります。あなたのCRMが、この前提条件をクリアしているか否かを次の観点で診断してください。
《受注率・客単価をチェック》
各セグメントの受注率・客単価が、セグメントの評価順位と一致しているかを確認してください。もし一致していない場合は、「受注率×客単価」で算出した値はどうでしょうか。この値も評価順になっていないなら、顧客セグメントの識別に問題がありますので、判定条件を再考するべきでしょう。
《売上・収益実績をチェック》
上位のセグメントなのに、売上規模や収益額が小さい。あるいは、上位と下位のセグメントに大差がない、こんな場合も、顧客セグメントの精度を疑ってください。本当の上位顧客に対する機会損失や、本当の下位顧客に対する過剰投資が想定される事象です。
《使えるセグメントかをチェック》
各セグメントの顧客数に、過剰な偏りがないか確認してください。一部の顧客セグメントに顧客数が偏っている「絞り込み不足」や、反対に一部の顧客セグメントの顧客数が極端に少ない「識別する意義があるのか」に、再考の余地があります。いずれも、施策効率の悪化要因になりますので、セグメントの識別精度を検証するのが得策です。
既存客のセグメントは、通常5~6段階に識別するのが実践的です。例えば、優良客・上位客・一般客・休眠客・離脱客、等の5つです。ちなみに、私が所属する会社では、ご依頼主のCRMをセカンドオピニオンする際に、お客様を5つのグループ・21のセグメントで識別し、CRMの実態を検証しています。
③ 販促効率は許容範囲ですか?
顧客のセグメントが正しく機能していれば、上位のランクほど販促効率が高いのが必然です。万一、セグメントの順序と販促効率が逆転している、あるいは大差がない場合は、施策の設計またはターゲット選定のどこかで、ズレが生じていますので、詳細な検証が必要です。
④ 顧客の動向は良好ですか?
時系列で推移を見た際に、優良客や上位客は増加していますか。また、各ランクの受注率・客単価はどう変化していますか。
点ではなく、線(時系列の推移)で顧客の動向を捉えると、CRMの改善点が浮かび上がります。また、時系列のトレンドに変化があれば、その原因を特定することで、改善の仮説が立てやすくなります。
⑤ プランニングは合理的か?
既存客へのアプローチを、ひとつひとつ(単独で)計画していませんか。顧客に合わせて連続したシナリオ(例:毎月施策+ボーナス特需+リマインド施策)で企画すると、一貫したコミュニケーションが生まれ、各施策のシナジー効果が生まれます。
また、この実績を集計すると、上位顧客と下位顧客の「購買力の大きな違い」が確認できます。一歩進んで、メールの一斉配信や、毎月同じダイレクトメールを送付するようなアプローチは、極めて合理性に欠けていることも分かります。CRMは、買ってくれる既存客と買ってくれない既存客に、同じ投資をしている間は、大きな飛躍な期待できないのです。
本節では、CRMを推進する前提として、既存顧客の捉え方と判断基準を秀忠の視点で診断しています。既存客の収益は、D2Cの成長原資です。その原資を安定的に積み上げるには、既存客のセグメントと、投資配分を最適化することが欠かせません。ここでのポイントは、次の3つです。
1.既存顧客の購買力を正しく識別できているか
既存顧客を購買力の違いでセグメントし、その結果を説明できる状態になっているかを確認します。
2.顧客セグメントと収益構造に矛盾はないか
識別したセグメントと、実際の売上や収益、投資の向け先が整合しているかを確認します。
3.顧客の動向を時系列に把握できているか
単年・単月の結果ではなく、一定期間の推移で顧客の動きを捉え、次の判断に使える状態になっているかを確認します。
本節は、既存顧客をどの基準で識別し、何を根拠に判断しているのか。その判断基準が、収益構造と矛盾なく整理されているかを確認するための診断です。
この基準が揃わないままでは、施策も投資も安定しません。秀忠が制度によって判断のブレを抑えたように、CRMにおいても、判断基準を固定することが次の前進につながります。
Chapter 3-3
第3節 家光による
「安定成長のセカンドオピニオン」
本節では、CRMにおける「データ活用の運用状態」を診断します。
どんなデータを集計しているのか、どんな分析をしているのか、ではありません。判断の基準が現場に行き渡り、日常の業務の中で迷いなく使われているかを確認する節です。
事業構造を整え、判断できるようになっても、運用の段階で「担当者による違い」があると、意思決定の指標はブレてしまいます。併売をどう促進するのか。季節の繁閑にどう対応するのか。休眠の兆しにどう向き合うか。これらを、その場の判断や担当者任せにしていないでしょうか。
三代将軍・徳川家光が直面した課題も、まさにそこでした。家康が構想し、秀忠が制度として整えた統治の枠組みを、例外や抜け道なく、細部まで機能させること。参勤交代の義務化や、統制強化の徹底は、現場ごとの判断や恣意が入り込む余地を残さないための運用でした。
誰が、いつ、どこで、何をするのか。その判断を個々に委ねず、判断そのものを必要としない状態を作る。家光が行ったのは、新しい基準づくりではなく、既にある基準を、日常の行動として張り巡らせることでした。
CRMのデータ活用も同じです。分析の種類が増えるほど、現場が「考えなければならない場面」が増えていきます。判断に迷う状態は、運用としては未完成な状態です。
そこで本節では、併売、季節変動、継続と予防という日常的な判断が必要になる場面を取り上げ、データが「判断に迷わない運用」として機能しているかを、家光の視点で診断していきます。あなたのCRM運用を、具体的なデータで確認しながら、判断にブレや迷いが入り込んでいないかを見ていく作業に入ります。
(1)併売・クロスセル診断 ~ セグメント別の併売構造
併売(クロスセル・ついで買い)は、既存客のLTVを押し上げるための有効なアプローチです。単発の企画ではなく、「どの顧客層で、どの組み合わせが、どの程度成立しているか」を同じ基準で可視化することによって、再現性のある戦術に変わります。
診断データの集計
併売の実態を正確に知るためには、顧客セグメント別に分けて分析することが重要です。
新規客や離脱しかけている客はそもそも継続率が低いものです。そんな顧客に買っていただく商品は、「クロスセル商品」ではなく、「継続利用商品、あるいは久々に使ってみるための再開商品」だからです。これらを区別せず、クロスセルの実態を全顧客のデータで集計すると、本来ターゲットにすべき上位顧客の購入傾向が埋もれてしまいます。
また、すべての組み合わせを網羅しようとすると、分析の結果が複雑で膨大になりすぎます。まずは「商品カテゴリー(小分類)」単位で大まかな傾向を掴むことから始めるのが有効です。
自分でセカンドオピニオン
では、併売実績を、表C(併売・クロスセル実績集計テンプレート)を使って集計していきましょう。冒頭でもお話しした通り、ポイントは「セグメント別の併売実績」を集計することです。まずは、優良客(最上位の顧客セグメント)の併売実績を集計してください。
① 最強コンビは何ですか?
あなたのCRMで、最も貢献してくれている優良客の併売状況は、すべてのクロスセルの見本、つまり、現時点のゴールポストです。この組み合わせが、最も効果的なクロスセルの組み合わせです。これは、一般客にも転用できる可能性が高い「最有力のコンビネーション」です。
② 過去の経緯を踏まえて評価する
実績データは、あくまで過去の結果です。これまで注力してこなかった組み合わせは、上位には入らないでしょう。したがって、最上位だけではなく、クロスセル集計ランキングの上位の組み合わせは、今後の併売を促進するヒントになり得ます。これまでの訴求経緯を踏まえて診断をしてください。
③ 併売率の絶対値をチェックする
併売率が上位でも、絶対値が小さければ、クロスセルの効果は限定的です。販売する商材にもよりますが、コスメや食品であれば、6ヶ月間の集計結果で、優良客の併売率7%前後がひとつの目安になります。
(2)季節変動(繁閑)診断 ~ 波動に惑わされないCRM
季節変動(繁閑波動)は、繁忙期と閑散期で売上・継続率・客単価・販促効率が変化する現象です。とくに閑散期(谷)での低下を放置すると、翌期の業績が大きく低下します。本項では、「直近2年×上下期」のデータで、季節差を可視化し、谷での離反状況を診断します。
診断データの集計
季節変動の診断は、秀忠パート(表B)の既存客データがそのまま使えます。上半期と下半期、あるいは春夏と秋冬の構造を比較してください。尚、既存客の売上や継続率、販促効率に大きな差がない場合は、この診断は不要です。パスして次の診断へ進んでください。
自分でセカンドオピニオン
次の観点で併売構造を診断してください。
① 季節変動(繁閑波動)は大きいか?
一般客の継続率の季節差が、3割前後ある場合は「大きい」と判断します。ここが家光パートの最初の診断ポイントです。
《繁閑差の影響を読み解く》
繁閑差が大きい事象とは、次の状態を指します。
・繁忙期:受注客が増え、継続率・客単価が上昇
・閑散期:受注客が減り、継続率・客単価が顕著に低下
この現象は、繁忙期にせっかく活性化した顧客が次の閑散期に反してしまい、「その次に訪れる繁忙期の利用に結びついていない」ことを意味しています。
《有効な対策は何か》
CRMの本当の勝負はここからです。閑散期に顧客を離反させず、購買力を維持したまま翌繁忙期が迎えられれば、年間の収益は大きく改善します。そこで次の取り組みが有効になります。
(閑散期) 施策収支目標を「収支均衡程度」までに引き下げ、顧客をつなぎとめることに注力する。
(翌繁忙期)この閑散期の投資を、実需期に増える収益で回収する
これが、 季節変動に対応する「D2C巧者の賢いCRM」の基本形です。
(3)休眠客対策の診断 ~ 対処から予防へ
D2CのCRMには「優良客でも、少なからず買わなくなる」「休眠客の掘り起こしは、コスパが悪い」という現実があります。 失ってからの対処ではコストが増えてしまいます。そこで、この事象を未然に防ぐ「予防のCRM」への発想の転換が必要になります。
診断データの集計
翌期につながる「予防のCRMアクション」には、大きく捉えると次の2つのアプローチがあります。
・優良客のランクダウン予防(優良客の減少予防)
・一般客のランクダウン予防(一般客の休眠予防)
そこで、表D(当期の未受注客数推移)のテンプレートを使って、当期の期首から現時点までの顧客動向を集計してください。
自分でセカンドオピニオン
ここでのポイントは、
「予防アクションのターゲットを正しく特定できているか」
にあります。以下、2つのアプローチごとに診断していきましょう。
① 優良客のランクダウンを予防するCRM
表Eの集計結果を見ると、「現時点までに受注のない優良客を抽出すればよい」と考えがちですが、実際にはそうではありません。
・黙っていても買ってくれる優良客への追加施策は「経費の無駄遣い」
・優良客の中でも翌期の購入予測額に差がある(全員が対象ではない)
言い換えると、「優良客=ターゲット」ではなく「優良客の中で、翌期需要の下降リスクがある層を特定」する必要があるのです。そこで、次の2点が判断できるかどうかが重要になります。
・優良客の中の、どのセグメント(詳細分類)をターゲットにするか?
・アプローチすべき最適なタイミングはいつか?
これらを判断できる管理体制が整っている場合は「問題なし」、判断材料がなければ「改善が必要」です。
② 休眠予防のCRM
休眠予防のターゲットは一般客です。優良客ほど継続力や購買力が高くありません。そのため、次の点に留意する必要があります。
・一般客の中の、どのセグメント(詳細分類)をターゲットにするか?
・優良客より早いタイミングからアプローチを開始しないと手遅れになる
これらを判断できる管理体制が整っている場合は「問題なし」、判断材料がなければ「改善が必要」です。
これらの予防アクションには、もう一つ考慮すべき点があります。予防施策のターゲットは、通常の施策で反応がなかった顧客です。したがって、これまでと大差のない施策を繰り返しても予防効果は期待できません。
予防施策には、異なる企画やツールなど、「従来とは違う」と顧客が感じるアプローチが必要になります。
本節では、CRMにおける判断基準が、日々の運用の中で正しく機能しているかを、家光の視点で診断しました。
ここで確認しておきたいのは、分析や施策の巧拙ではなく、判断が迷いなく回る状態になっているかどうかです。
定番化しているCRMアクションでは、実績の検証方法や評価基準が、判断に使える形で定義されていることが前提になります。
しかし、判断基準が整理されていても、それが運用に落ちていなければ、現場では都度判断が必要になり、ブレや属人化が生まれます。
併売やクロスセル、季節変動への対応、休眠の兆しへの向き合い方など、日常的に判断が迫られる局面で、同じ基準が一貫して使われているかが問われます。
徳川家光が行ったのも、新しい基準を増やすことではなく、すでに定めた基準を例外なく行き渡らせることでした。この節で確認したのは、同じように、CRMの判断が人やタイミングに左右されず、運用として自然に回る状態になっているかどうかです。
判断に迷いが残るうちは、運用は完成していません。基準が行き渡り、判断そのものが不要になる状態を目指すことが、この節の着地点です。
Chapter 3-4
第4節 吉宗による
「投資回収のセカンドオピニオン」
本節は、CRMのプランニングが「投資可能な計画として成立しているか」という視点から診断を進めていきます。売上が拡大しているか否かではなく、その投資がどのくらいの期間で回収できて、今後もその施策を継続してよいかどうかを確認する節です。
CRM施策を実行すれば売上は増えます。しかし、それらの投資が積み重なった結果について、「どの投資が、どれだけの時間で回収されているのか」を、明確に説明できる企業は、決して多くありません。ここで問題になるのは、施策の良し悪しではありません。回収できる投資と、回収していない投資が、同じ箱に入ったままになっていること。各施策の回収までの期間が、正しく把握できていないままになっていることにあります。この状態では、気づかないうちに、事業の成長速度が鈍化し、いずれ停滞・縮小トレンドに傾いてしまいます。
八代将軍・徳川吉宗が直面した状況も、これとよく似ていたようです。吉宗が取り組んだ享保の改革は、緊縮や倹約の象徴として語られがちです。しかし、その本質は、単なるコストカットではありませんでした。享保の改革の開始から、徳川慶喜が大政奉還するまで、幕府は約151年間存続しています。徳川幕府の全期間のうち、後半の半分以上は、享保の改革後の幕府だったことになります。
つまり、享保の改革は、「この支出が、いつ、どのように戻るのか」、「戻らない支出があるとすれば、どこを組み替えるべきか」、それを徹底して追及した改革といえます。新しい政策の追加ではなく、既存の政策を続けられる形に整え直す。短期の成果ではなく、数年先まで見通して判断する。吉宗が行ったのはまさに「投資の裁定」だったと言えるでしょう。
CRMにおける投資判断も、これと全く同じです。よく使われる施策の効率指標は、あくまで結果の一部にすぎません。重要なのは、どの顧客セグメントに、
どの施策でどれだけの原資を投じ、どのくらいの期間で回収しているのか。この構造を、時間軸で捉えられる視点が必要です。
そこで本節では、投資回収期間という視点から、新客獲得、既存客施策、休眠対策といったCRM投資に着目します。個別施策の数字ではなく、続けるに値する投資か否かが判断できる状態か否かを、吉宗の視点で診断していきます。
(1)投資回収判断の前提を整理する
投資の回収期間を正しく把握するためには、いくつかの前提条件があります。単純に「これまでの実績」だけを集計しても、投資の是非は判断できません。「これからの判断」につながる形で整理されていることが重要です。
第一に必要なのは、顧客の行動を追跡できるようにすることです。施策Aで「買ったのか、買わなかったのか」。その施策Aで買った顧客が、次に「買ったのか、買わなかったのか」。同時に、施策Aで買わなかった顧客はその後どうしたのか。このように、特定の施策を起点として行動が追跡できていなければ、回収を語ることはできません。
第二に、投下した経費と成果が結び付いていることが必要です。いくら売上が増えていても、その裏でどれだけのコストを費やしているのかが把握できなければ、投資の是非は判定できません。収支が集計できない状態では、回収判断そのものが成り立たないのです。つまり、効果的なCRMと、実態把握は、両立していなければなりません。
第三に、今後の判断に役立つように整理されていることが必要です。過去の結果を確認する段階で留まっていては、次の投資の判断には使えません。この投資を続けるべきか。見直すとすれば、それはどこなのか。次の意思決定につながらなければ、LTVを把握する意味がないのです。
そのためには、事前に顧客を購買力で識別し、セグメント化しておく必要があります。一人ひとりを「1対1」で追い続ける運用は、労力の割に得られる示唆が少なく現実的ではありません。顧客数が数万、数十万を超えたケースを想定すれば猶更です。
投資回収を判断するには、正しく測定することが可能な単位で、そして効果的・効率的にアプローチが可能な単位で、顧客をまとめて見る視点が不可欠なのです。
(2)継続する投資と見直す投資を判定する(LTVの活用)
施策単体での収支は投資判断の出発点です。すべての施策が単体で黒字なら、CRM全体も黒字だと考えられます。しかし、投資を診断するのは、黒字か赤字かという結果だけではありません。
・その収益は、どの顧客が創出したものなのか
・その収益は、どのくらいの期間で回収できているのか
この二つを言葉で説明できるかどうかが、判断の分かれ目です。まさにこれが、「LTV志向のCRM」の根幹です。
まず、施策単体で黒字になっているケースを診断しましょう。ここでのポイントは、その黒字が顧客の購買力に見合った水準かどうか、そして、購入した顧客がその後も継続利用しているか、という視点です。
上位客をターゲットとする施策と、一般客をターゲットとする施策がある場合、双方が同じ費用対効果に留まっているなら、前者は見直しの対象です。顧客の購買力を識別する精度(セグメントの精度)が正しいなら、特別な目的で行う施策を除き、上位客の収益力は、他のセグメントを圧倒的に上回るはずだからです。とすれば、上位客と一般客のアプローチ回数が同じであるなら、そのCRMプランのシナリオ設計にも、改善の余地が残っていることになります。
そして、特別価格での販売促進は、施策単体での費用対効果は(当然ですが)高くなります。しかし、価格訴求型施策の購入客は、その後の継続利用には繋がらないケースも少なくありません。CRMの世界で「値引きは麻薬」と言われる所以がこれです。
定期販売を解約した顧客に、大幅値引きの「まとめ買いを」訴求するケースが散見されますが、これは目先の補填を急ぐあまり、特価商品にしか反応しない顧客を量産し、商品の付加価値を下げることになりかねませんので注意が必要です。
次は、施策単体で赤字になっているケースを診断します。結論から先に言うと、赤字だからといって、即停止だと判定するのは間違いです。赤字であっても、ターゲティングや訴求条件の調整によって、改善できる余地はないのか。あるいは、後続の継続利用によって、許容期間内で投資は回収できていないか。それによって判定は分かれます。回収の道筋と期限が見えるなら、その施策は継続投資と判定できます。
吉宗が重視したのは、目先の成果だけではなく、この支出がいつ戻るのかを言い切れるかどうかだったと考えられます。CRMでも同様に、継続する投資か、見直す投資か。その判定は、施策単体とその後の利用状況を一体として評価できているかどうかで決まります。
「百の議論より一つのテスト」これは私の座右の銘です。今後の迷いを断ち切るために、可能性を信じるなら、明確なテストで白黒をハッキリさせるのが良いでしょう。問題なのは、赤字であるにもかかわらず回収時期を把握しないまま、継続している投資です。「そのうち効いてくるはずだ」という期待だけで続けている限り、その施策は原資を消費し続ける存在になります。
(3)投資配分をどう組み替えるかを判断する
継続する投資と、見直す投資の切り分けができたら、次は実際に事業を前に進めるための組み替えです。ここで必要になるのは、限られた原資を、どこに厚く配分し直すのかを決めることです。
投資配分を見直す段になると、悪い方から手を入れたくなるのが一般的です。しかし、ここで優先すべきなのは、回収までの期間が比較的短く、成果の再現性が高い投資です。うまくいっているシナリオや施策から着手するほうが、事業は安定して前に進みます。
どの顧客層から、どのくらいの期間で、どの程度の収益が戻ってくるのか。この関係が明確な施策は、投資配分を調整した効果が比較的早く表れます。リスクを抑えながら事業を前進させるには、こうした投資を軸として、さらに厚みを持たせる順序が有効です。
具体的には、
・上位客のCRMをさらに強くする
・強いシナリオや施策の根幹は変えず、周辺を磨き込む
という考え方になります。100を2%引き上げる方が、10を20%引き上げるよりも容易です。確実に点数が取れる分野から積み上げる受験対策と、発想はよく似ています。
次に検討したいのは、回収はできているものの、想定よりも時間がかかっている投資です。施策を一律に止めるのではなく、対象顧客や条件を調整することで、回収効率を高められないかを検討します。配分を少し見直すだけで、資金の回り方が改善するケースも少なくありません。場合によっては、これまでとは視点を変えた大幅な条件見直しを行い、ABテストで効果を確かめるのも一つの方法です。
投資配分を組み替えるとは、全体のやり方を大きく変えることではありません。成果につながっているところに、判断として重心を寄せ直すことです。
吉宗が重視したのも、短期の成果ではなく、政策が継続して機能する形になっているかという点でした。力をかける場所と、力を抜く場所を見極め、配分を整え直す。その積み重ねが、結果として幕府財政の立て直しにつながったのです。
CRMにおける投資配分も、まったく同じです。判断の軸を保ったまま、配分を調整し続けられる状態を作ること。それが、事業を安定して前に進める条件になります。
本節では、今後も継続して投資をして良いのか、その判断を適切に下せる状態にあるかどうかを確認してきました。
施策単体の収支を把握したうえで、どの顧客がどの程度の収益を生み、どのくらいの期間で回収できているのかを見極める。その前提が整っていれば、個々の判断に迷い続ける必要はありません。
吉宗が行った改革の本質も、個別施策の見直しにあったのではなく、財政を判断できる状態に戻したことにありました。支出と回収の関係を検証することで、何を続け、何を改めるべきかを見極めていった。その結果として、幕府財政は長期にわたり安定しました。
CRMも同じです。個々の施策をすべて最適化しようとすることが、必ずしもゴールではありません。それよりも、CRMを投資として捉え、全体としてどの判断を下すのかという視点で見直すことが重要です。判断に必要な前提が整い、投資回収を軸に裁定できる状態になっていれば、事業は着実に前に進みます。
本章では、CRMを推進する前提として「何を判断の軸にすべきか」を、徳川幕府の統治プロセスになぞらえて診断してきました。ここで行ったのは、CRMの前提が段階を踏んで整えられているかを確認し、迷いなく判断するための視点と順序を明確にすることです。
まず家康の視点では、事業全体の構造と重心を引いて確認しました。新客と既存客の役割、獲得と継続の関係、短期と中長期の捉え方。この前提が整理されていなければ、以降の判断は必ず歪みます。
次に秀忠の視点では、その構造を支える判断基準が揃っているかを診断しました。顧客をどの基準で識別し、何を根拠に良し悪しを判断しているのか。基準が揃っていなければ、施策も投資も安定しません。
続く家光の視点では、その判断基準が、日々の運用の中で正しく機能しているかを確認しました。人やタイミングによって判断が揺れていないか。現場で迷いが生じ、属人化していないか。基準は、運用として回ってこそ意味を持ちます。
最後に吉宗の視点では、そうして整えた前提の上で、投資としての裁定が下せる状態にあるかを診断しました。何を続け、何を見直すのか。投資回収を軸に、迷いなく判断できる状態になっているかを確認しました。
本章を通して整えてきたのは、判断に迷わないための視点と順序です。この前提が揃ってはじめて、CRMは単なる個別施策の集合体から、意図をもった仕組みに変わります。次章では、こうして整えた判断の前提をもとに、現場で再現できる具体的な打ち手を示します。