第二章 三大武将の軍略とCRM

~私はこれで天下を狙いました~

戦国CRM
歴史に学ぶ
経営判断術
 
織田,信長,主戦場,crm
織田信長
主戦場を決める
 
豊臣,秀吉,crm,基準
豊臣秀吉
基準を揃える
 
徳川,家康,crm,仕組み
徳川家康
仕組みを続ける

第二章
三大武将の軍略と
CRM

~私はこれで天下を狙いました~

HOME | CRMサービス | そのCRM、何かおかしい | 第2章三大武将の軍略とCRM
戦国CRM
歴史に学ぶ
経営判断術
おだ,のぶなが,crm,主戦場
織田信長
主戦場を決め、無駄を捨てる

とよとみ,ひでよし,crm,基準
豊臣秀吉
基準を整え、比較できる状態を作る

とくがわ,いえやす,crm,仕組み
徳川家康
基準を変えず、仕組みを続ける

私はこれで天下を狙いました


「戦国武将はCRMに長けていた」、この仮説をどう思いますか?

 

D2C企業は、さまざまな施策を企画し、大量のデータを蓄積しながら「どこへ進むべきか」を模索し続けています。一方、500年前に活躍した戦国武将たちはどうでしょうか。
武力で領地を奪い合うイメージが強いのですが、戦(いくさ)の後の行動を見ると、その印象が変わってきます。彼らはすでに、領民が「安心して暮らせる対策」や「自発的に貢献する制度」を領国経営に実装していたのです。

 

その戦国時代で、トップクラスの有名武将と言えば、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人でしょう。本章では、この三人の史実を手がかりに、現代のCRMを推進するポイントを読み解いてみましょう。

Chapter 2-1

第1節 織田信長

鳴かぬなら殺してしまう「超・合理的経営」


もし、織田信長があなたの上司だったら。CRMの定例会議で、こんなやり取りがあっても不思議ではありません。
「その方、その策を――全部、進めると申すか?」
そう言いながら、鋭い眼光で資料に目を通し、施策プランを机に置きます。
「と、殿。敵は大手メーカーが社運を賭けて投入する新ブランド。我らの手勢では、正直なところ厳しゅうございます……」
そう言い終わる前に、信長は立ち上がり、大きな声で一喝します。
「たわけ! 天下布武に、遠回りする暇など片時もないわ。
余計なものは全部捨てよ。ついでにこの謎のダイレクトメールも捨てよ。」
会議室の空気が、一気に張り詰めます。

 
信長が上司,会社にいたら
信長,ミーティング

やるべきことを増やす前に、やらないことを決めよ。言い方は乱暴ですが、不思議と反論しづらい。どこかで「確かに」と感じてしまう自分がいます。
 
織田信長という人物は、冷酷な合理主義者として語られることが少なくありません。しかし実際の信長は、無闇に策を増やす人物ではありませんでした。彼が繰り返し行っていたのは、「すべてに対応すること」を最初から放棄し、勝ち筋を一点に絞り込む判断です。その象徴的な政策が、楽市楽座でした。
楽市楽座は、単なる規制緩和策ではありません。既存の座の特権を廃し、商人の移動と取引を自由化することで、城下町そのものを活性化させる構想です。信長は、個々の商人の利益を守るよりも、「民が自発的に動く環境」を意図的につくり出しました。結果として、商業が集積し、兵站と財政が同時に強化されていきます。
 
ここで鍵になるのは、信長の「超・合理的な思考」です。宗教勢力や既得権益との妥協、旧来の統治慣習といったものは、あっさり切り捨てています。刺激は強くなりますが、勝ち筋が明確になるなら、迷いは残さない。それが信長の一貫した姿勢でした。
 
この考え方は、現代のCRMにもそのまま当てはまります。
多くの企業でCRMが複雑になっていく過程を見ると、問題は施策の質ではありません。むしろ、「正しいこと」を一つひとつ積み上げた結果として、全体が動かしづらくなっているケースが大半です。
新規獲得も重要。F2対策も大切。既存客の活性化もやらねばならない。休眠対策も必要。ブランディングも無視できない。どれも間違っていない。しかし、「全部やる」前提に立った瞬間、判断は重くなり、現場は疲弊していきます。
 
信長が重視していたのは、施策の網羅性ではありません。限られた兵力と時間の中で、「いま、勝ち筋はどこにあるのか」。その一点を見極めることでした。楽市楽座もまた、数ある選択肢の中から「ここに集中する」と決めた結果です。
 
これをCRMの言葉に置き換えると、次の問いに行き着きます。
どの顧客層を、どの時間軸で、事業の主戦場と見なすのか。
この前提が定まっていないまま施策を積み上げれば、CRMは必ず複雑になります。逆に、この前提が定まれば、驚くほど多くの施策は「やらなくていいこと」に変わります。
 
信長の合理性は、冷酷さではありません。集中のための合理性です。すべてを取りにいかない。勝ちに直結しない動きは切る。その代わり、選んだ一点には、迷わず力を注ぐ。楽市楽座を構造として見ると、この発想は決して過去のものではありません。現代で言えば、高輪ゲートウェイシティや、トヨタのウーブン・シティといった未来都市構想にも通じる考え方です。
既存の前提をいったん外し、限られた場で新しい仕組みを実証し、その結果を見ながら広げていく。信長が行った判断と、構造はよく似ています。
 
もし、あなたのCRM会議に信長がいたとしたら。施策の数や完成度ではなく、「その施策は、どこを主戦場として選んだ結果なのか」。そこだけを問い続けるはずです。
この問いに即答できないとき、CRMはすでに複雑化の入り口に立っています。次節では、同じ戦国武将でありながら、まったく異なる角度から判断の前提を整えた人物――豊臣秀吉の視点を見ていきましょう。

Chapter 2-2

第2節 豊臣秀吉

鳴かぬなら鳴かせてみせる「超・データ重視経営」


次は、豊臣秀吉です。もし彼があなたの同僚だったら、CRMの会議でPC画面をのぞき込み、こんな風に声を掛けてくるかもしれません。
「おみゃあさん、こんな数字じゃ何も分からんがね。やり直した方が、
賢いと思うで。」
突然のひと言に、思わず手が止まります。「え? 今までと同じようにやっているのに何だよ……」
秀吉は画面から目を離さず、軽い口調で続けます。「同じ基準でな、同じ測り方でな。全部を公平に並べて見んと話にならんがね。」
あなたが渋い顔をしても、追い打ちをかけるように言います。

 
秀吉が同僚,会社にいたら

「分かるで。やり直すのは大変じゃな。でもな、太閤検地なら、最初からぜんぶ測り直すがね。さっさと整えた方が殿に怒られんで済むぞ。」
明るい笑顔とは裏腹に、指摘は実に的確です。彼が気にしていたのは、ただ一点、「この内容で正しい判断ができるのか」ということでしょう。

 

豊臣秀吉を語るうえで欠かせない政策に、太閤検地があります。太閤検地というと、全国の土地を測り、年貢を把握するための大規模調査という印象が強いかもしれません。しかし、その本質は「土地を測ったこと」ではありません。
秀吉が本当にやろうとしたのは、「判断の前提を揃える」ことでした。当時は、地域ごとに升の大きさが違い、面積の基準も曖昧で、収穫量は自己申告に近い形で扱われていました。この状態では、誰がどれだけ負担し、誰がどれだけ報われているのかを、公平に比較することができません。
秀吉は、すべてを一度、同じ基準で測り直しました。升を統一し、面積を揃え、収穫量を石高という共通の尺度に落とし込む。そして、誰が耕し、誰が責任を負うのかを一本化する。こうして初めて、年貢の負担も、兵役も、知行の配分も、同じ土俵で判断できる状態が整います。
太閤検地とは、社会を細かく管理するための制度ではありませんでした。社会を「判断できる状態」に戻すための、前提整理だったと捉えることができます。

 

この視点は、現代のCRMにそのまま当てはまります。
CRMの現場でも、「データが足りないから判断できない」よりも、「データはあるのに判断できない」場面に多々遭遇します。受注率、客単価、継続率、LTV。データは揃っているのに決め手に欠ける。期間の切り方が違ったり、評価の前提が不揃いだったり。同じ数字を見ているはずなのに、結論が人によって変わってしまいます。
秀吉の視点に立てば、こうなります。揃っていない数字から、正しい判断は導けない。秀吉は、施策を増やす前に、分析を高度化する前に、「比べられる状態」をつくる。その前提が整って初めて、施策の良し悪しも、投資配分の是非も、意味を持つようになります。
信長が「主戦場を絞る」ことで判断を軽くしたとすれば、秀吉は「基準を揃える」ことで判断を可能にしました。この二つは対立する考え方ではなく、判断を成立させるための順序の違いです。

 

もし、あなたのCRM会議に秀吉がいたとしたら。新しい施策案よりも先に、こう問いかけるはずです。
「その数字は、本当に同じ基準で並んでおるか?」
この問いに即答できないとき、CRMは、まだ判断できる状態に達していません。次節では、その後に「判断を続ける仕組み」を完成させた人物――徳川家康の視点を見ていきましょう。

Chapter 2-3

第3節 徳川家康

鳴かぬなら鳴くまで待てる「超・規律重視経営」


本章の最後は、徳川家康です。もし彼が、あなたの会社にいるとしたら。あながち、役職定年を迎え、いまは嘱託社員として少し距離を保ちながら働いている「元上司」といったところかもしれません。あなたがF2転換の実績を報告すると家康は湯飲みを手に、のんびりとこう言いそうです。
「まあ、急ぐでない。鳴くまで待とう、ホトトギスじゃ。」
締め切りに追われる現代人にとっては、ずいぶん呑気な言葉に聞こえます。しかし、家康は涼しい顔で続けます。「目先の年貢よりも、安定した石高のほうが大切じゃろ。違うか。」「そうは言っても、転換率が低いと今期の予算に届きません……。」そう反論しても、家康はまったく動じません。

 
 
家康が元上司,相談

「無理をさせれば、民はやる気をなくすであろう。無理強いは長く続かん。」
少し苛立ちが募り、こう問い返したくなるかもしれません。
「以前は利益目標にも厳しかったじゃないですか。なぜ今は違うんですか?」
すると家康は、淡々と答えます。
「民の変化に気づいておらんようじゃな。
F2の後の継続率は、すでに上がっておろう。ここで慌てずとも、
回収期間は短くなっておる。急いては事を仕損じる、じゃ。」
その一言で、視線が自然と中期的な回収目線へと切り替わります。天下泰平の世を二百六十年にわたって築いた大先輩の大局観には、正面から反論しづらいものがあります。

 

徳川家康が優れていた点は、戦に強かったことだけではありません。むしろ、その本質は、「勝った後」をどう設計するかにありました。家康が直面したのは、「盤石な体制を、いかにして続けられる形にするか」という課題でした。家康が構築した幕藩体制は、その象徴です。中央の幕府と、各地の藩。それぞれに役割と権限を与えつつ、統治の前提となるルールは固定する。個々の裁量を残しながらも、全体が崩れない構造をつくり上げました。
重要なのは、判断基準を頻繁に変えなかったことです。一度定めた前提は、簡単には動かさない。だからこそ、大名も民も、次に何が起こるかを予測でき、安心して行動することができました。

 

この考え方は、現代のCRMにも深く通じています。多くの現場では、直近のデータで、顧客のランクや評価指標が頻繁に更新されます。一見すると柔軟で合理的に見えますが、その結果、マーケティング部門もフルフィルメント部門も、短期的な判断に終始しがちです。
先月は優良顧客だったのに、今月は顧客ランクが下がる。個別施策の結果次第で予算配分が変わり、ターゲットも変わる。これでは、長期的な関係は築きにくくなります。家康の視点に立てば、こう言うでしょう。
「判断基準が頻繁に変わる仕組みで、天下泰平の世は作れない。」

 

CRMにおいて重要なのは、「最新情報で判断を更新すること」ではありません。一定期間、同じ基準で顧客と向き合い、その中で改善を重ねることです。判断の前提を安定させることで、現場は迷わず動けるようになります。

 

信長が主戦場を定め、秀吉が判断の前提を揃えた、家康はそれを「続けられる形」に仕上げました。この三つが揃って初めて、組織は短期の成果に振り回されず、持続的に前へ進むことができます。もし、あなたのCRM会議に家康がいたとしたら、目先の数値を問う前に、こう問いかけるはずです。
「それは、これからもずっと、続けられるのか?」
この問いに答えられないとき、CRMはまだ完成していません。次章では、これら三人の視点を統合し、あなた自身のCRMを診断するための「次の一手」へと進んでいきます。

 

本章では、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康という三人の武将を通して、CRMを前に進めるには、施策の巧拙以前に「前提となる基軸」が欠かせないことを見てきました。そのやり方の違いはあっても、彼らは皆、判断が迷子にならないように、あらかじめマイルストーンを置いてから動いているのです。

 

改めて整理すると、その基軸は次の三点です。

・どこを主戦場として見ているのか。
・データは、比較や判断に使える状態で整っているのか。
・そして、その判断は、時間がたっても続けられるものなのか。

 

いずれも目新しい話ではありません。しかし、これらを意思決定の前に一度立ち止まって確認するだけで、CRMは施策を重ねるほど複雑になる世界から、「次に何を決めるか」が見えやすい世界へと姿を変えていきます。

 

次章からは、この整理を前提に、あなた自身のCRMを具体的に見ていきます。いま取り組んでいる施策が良いのか悪いのか、それとも判断の前提に歪みはないか。具体策の是非を論じる前に、「判断の基盤」がどの程度整っているのかを、客観的に確かめる診断のフェーズに進みます