第一章 CRMは
なぜ安定しないのか

「合理的な遠回り」に迷い込む理由  

戦国CRM
判断を学ぶ戦国武将の
セカンドオピニオン
 
1,はじめに,crm,目先の数字
1節
目先の数字
 
2,crm,ltv
2節
LTVを考える
 
3,crm,足りない
3節
足りない一手

第一章 CRMは
なぜ安定しないのか

「合理的な遠回り」に迷い込む理由

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戦国CRM
判断を学ぶ戦国武将の
セカンドオピニオン
1,はじめに,crm,目先の数字
1節
目先の数字

2,crm,ltv
2節
LTVを考える

3,crm,足りない
3節
足りない一手

「合理的な遠回り」に迷い込む理由


迷い,判断,会議

CRMは、この10年で大きく整備されてきました。データは蓄積され、ツールも進化し、施策の選択肢もほぼ出そろっています。それでもなお、多くの現場では、同じ状態が繰り返されています。
データは揃っているのに結論が出ない。会議は長くなるのに方向は決まらない。やることだけが、粛々と増えていく。もう少し正確に言うと、「困っていることが分からない」わけではありません。むしろその逆で、「何をすべきかは一通り出尽くしている」のに、決められないのです。
少し皮肉な話ですが、CRMは「ちゃんとやろうとするほど迷う」構造を持っています。正しいことを一つひとつ積み上げていくと、やがてすべてが正しく見えてきて、選べなくなる。その結果、「では一度持ち帰りましょう」という、どこかで聞いたことのある結論に落ち着きます。
もちろん、これは能力の問題ではありません。努力不足でもありません。意思決定の前提が曖昧なまま、判断しようとしていること。その一点に尽きます。この状態に入ったとき、CRMは静かに止まります。正確には、動いているように見えて、前に進まなくなるのです。
ここで一度、視点を変えてみます。
もし戦国武将が、現代のCRM会議に参加したらどうなるでしょうか。「とりあえず、現状のまま進めよう」「もう少し様子を見よう」「データが揃ってから判断しよう」——おそらく、このあたりで会議は打ち切られます。議論がまとまったからではなく、見切りをつけられるからです。
戦国時代において、「まだ決めない」という判断は、ほぼ「負け」と同義です。どこで戦うのか、何を捨てるのか、どの時間軸で勝つのか。この前提を決めずに戦い続けることはありません。
一方で現代のCRMでは、この「決める前提」が曖昧なまま、施策だけが増えていきます。どの顧客に重心を置くのか、どの時間軸で判断するのか、何を成果とみなすのか。これらが定まらないまま施策が積み上がり、結果として、判断が重くなり、現場が疲弊していきます。
本章では、この問題を個別の施策や指標の話としてではなく、「どこに重心を置いて事業を組み立てているのか」という観点から整理していきます。

Chapter 1-1

第1節 D2Cはなぜ目先の数字に弱いのか


D2C事業は数字を見る頻度が高い仕事です。新客獲得数、CPA・CVR、F2転換率、広告効率、継続利用率――。いずれも、事業を前に進めるために欠かせない指標です。ただ、これらの数字を追い続ける中で、多くの現場が同じ迷路に迷い込んでいるようです。

 

主役が新客獲得のD2Cはアリか?

D2C事業で新客獲得が重視される理由は、投資額が大きく、成果が判定しやすいからでしょう。CPAやCVRといった指標を使えば、施策の良し悪しを短期間で判断でき、会議の場でも共通言語として扱いやすい。数字が悪化すればテコ入れし、改善すれば継続・拡大すればよい。この繰り返しの中で、D2C事業は少しずつ、新客獲得を軸に回り始めます。リソースや意思決定の重心も、自然とそこに集まっていきます。
しかし、広告に依存する新客獲得は、景気や競合環境、媒体の仕様変更など、外部要因の影響を受けやすい領域です。自社の努力だけではコントロールしきれない要素が多く、その領域に重心を置き続ける限り、事業は常に揺れ続けます。成果を追求しても、改善を重ねても、重心が新客獲得にある限り、この状態は変わりません。
人類が、狩猟による獲得だけに依存せず、農耕という生産の仕組みを手にしたことで、生活の前提を安定させてきたように、D2C事業においても、新客獲得「だけ」に依存しない事業基盤を持てるかどうかが、その後の安定性を大きく左右します。

モールに依存し続ける選択はアリか

Amazonや楽天といったモールは、D2C事業者にとって強力な販売基盤です。集客力が高く、商品を並べれば一定の露出が見込める。立ち上げ期や成長期において、モールが事業を支えてきたという企業も少なくないでしょう。モールを活用する判断そのものは、極めて合理的です。
一方で、モールへの依存度が高まるほど、事業の自由度は少しずつ制限されていきます。価格設定、販促手法、検索結果の表示、アルゴリズムの変更。これらの多くは、自社の意思とは関係なく決まります。努力や改善を重ねても、最終的な条件を決めるのはモール側です。
この関係は、競馬好きとJRAとの関係に似ています。レースを楽しみ、知識を深め、熱中することはできます。しかし、競馬という仕組みやルールを設計しているのは主催者側です。参加者はゲームに投資することはできても、主催者以上に回収することはできません。
モール依存の問題は、自社の事業領域が限定的な範囲で固定され、結果として何らかの手数料を払い続ける立場に置かれる点にあります。積み重ねた売上や努力が、必ずしも将来の自由度や安定性につながらない。これは数字には表れにくいものの、事業の選択肢として確実に影響していきます。
重要なのは、この状態が誤った選択の結果ではないという点です。売れる場所を使う。勢いのあるプラットフォームに乗る。その判断は合理的です。しかし、この構造を理解しないままで依存し続ける限り、つまり、自分の領域を構築しようとしない限り、同じ場所に居続けることになります。

あなたはどこを目指すのか

本書は、新客獲得主体のD2C事業や、モールを起点としたD2C事業そのものを否定するつもりは毛頭ありません。
本書で扱いたいのは、もう一つの成長基盤である「中長期的な成長を目指す視点」は何か、という点です。その判断基準をあらかじめ持つことに、どのような意義があり、どこをゴールとして描くべきなのか。本書を通じて、そのイメージを共有していきたいと考えています。

Chapter 1-2

第2節 LTVとCRMはなぜ後回しになるのか


LTVやCRMの重要性について、いまさら説明する必要はないでしょう。「既存顧客を大切にすべき」「継続利用を高めなければならない」という認識は、多くのD2C企業で共有されています。にもかかわらず、実務の優先順位を見ると、LTVやCRMの議論は後回しにされているのはなぜでしょうか。

 

この背景には、「急いで判断しなくても、すぐには問題が起きないように見える」という間違った認識があります。新客獲得や販促施策は、対応を誤れば数字がすぐに悪化する一方、既存顧客の関係づくりや継続利用の設計は、従来通りに進めていれば、今日明日の売上が大きく減少するものではありません。意思決定の場では、目先の数字に直結する論点が優先されます。これは、その瞬間においては合理的な経営判断かもしれません。しかし、その結果としてLTVやCRMに潜む問題は、止まることなく進行していきます。
この構造は生活習慣病に似ています。多少の不摂生や検診値の異常があっても日常は回るため、「まだ大丈夫」「今は忙しい」と判断され、改善は先送りされます。けれど負荷は蓄積し、ある時まとめて不調として表面化します。
LTVやCRMも同じです。顧客構造や競争環境が変わると、影響は一気に表に出て、そこで後回しにしてきた「対策の遅れ」に気づきます。
重要なのは、この状態が失敗や怠慢の結果ではないという点です。合理的な判断を積み重ねた結果として、多くの企業で起こり得る構造です。問題は「後回し」という判断そのものではなく、それが継続的に放置されることにあります。

Chapter 1-3

第3節 そのCRMには何が足りないのか


ここまで見てきたのは、新客獲得、モール活用、そしてLTV・CRMが後回しになる過程です。いずれも、その場その場では合理的な判断の積み重ねでした。新客を獲得し、数字の動く施策を優先し、売れる場所を使う。どれも間違った選択ではありません。
しかし、これらを並べて眺めてみると、共通した傾向が浮かび上がります。それは、「今すぐ手応えのある論点」を優先し続けているという点です。成果が見えやすく、対応を誤るとすぐに影響が出る領域に重心が置かれ、影響が緩やかに表れる論点は後ろへ回されやすい。その結果、個別の判断は合理的であっても、事業全体としては落ち着かない状態が続いていきます。
新客獲得に重心が集まり、LTVやCRMは後回しになり、モールへの依存度が高まっていく。この流れは意図せず生まれ、いつの間にか前提として固定されます。重要なのは、これらが独立した問題ではなく、同じ判断構造の延長線上で起きているという点です。ここで一度、視点を変える必要があります。個別の施策や指標の良し悪しから距離を取り、「限られた条件の中で、どこに重心を置いて事業を組み立てているのか」という見方です。この視点で眺めると、これまで感じていた違和感は、別の輪郭を持ちはじめます。

次章からは、この「重心の置き方」を判断の軸として、戦国武将たちの選択を参照していきます。数字もツールも持たない環境で、限られた条件の中、どこに重心を置くかで命運が分かれた人々の判断は、いまのD2Cを見直すための、有効なセカンドオピニオンになるはずです。